
父母が眠る登別市のお寺にお参りした。途中、白老町の「スーパーくまがい」に寄って、海鮮丼を買って、イートインコーナーで食べました。このスーパーは今月閉店し、ラッキーマートになるらしい。海鮮丼はボリュームあって美味しかった。

昼ころに、登別のお寺についた。納骨堂の奥に、弘法大師さまをまつる祭壇があり、その床下が永代供養の共同墓地になって、そこに両親は眠っていました。祭壇の前に別の家族がいて、住職さんがお経をあげていたので、祭壇には近づけなかったので、遠くから手を合わせた。

それから、実家(だった)に行き、弟の了解を得て、庭の植物を持ち帰ることにした。しっかり根付いた松は抜けないので、小さいヤマツツジとシバザクラを持ち出した。ヤマツツジには、コケがついていて、それをつけたまま運んだ。
亡くなった母は、庭に花を植えて世話をするのが楽しみで、晩年も草むしりしていた。母がいなくなった庭は、草ぼうぼうで荒れていた。植物が大地に根付くのは、植物と大地の縁なのだと思った。荒れた庭、家財道具が無くなった室内は、母の不在を実感させた。もう、名義も変わり、立ち入ることもない家だった。
母が育てた植物という命を、少しでも持ち帰り、つなぐことができたのなら、それで満足すべきだと言い聞かせた。
夕方までに、札幌の野良猫氏実家に戻って、ヤマツツジとシバザクラを庭に植えました。もし、来年花が咲いて、義母や義妹や甥や姪が見ることができたら、母の仕事が未来に生きる気がした。
勝ち気で社交的な母と、不器用な私は、衝突することもあって、私は良い子供ではなかったと思う。ヤマツツジがどんな色の花か、わからないけど、綺麗に咲いたら、きっと過去の自分もそれなりに良かったと思いたい。

