ずぶぬれの二人の世界

70年代のCD化されないフォークソングとカラオケに載らないボカロが好きです。

NEO JAPONISMリリースイベントライブ

 本日、ラクーアにて「NEO JAPONISM」というアイドルグループのリリースイベントを観覧しました。

 声質がそれぞれ違う人たちが、パワフルな歌を歌い、とても素敵だった。少年のような特徴的な声の人や、SPEEDのリードボーカルに似た声の人、アニソン歌手みたいな人とか、いろいろで、歌も、ブルーハーツっぽい、どこか懐かしの90年代な雰囲気。とても良かった。

 

武蔵小山でギターカラオケ練習会

 先月知り合った方と、武蔵小山のカラオケ店でギター練習とカラオケをやりました。「16ビートがなかなかできない」ということで、あいみょんの「マリーゴールド」、スピッツの「ロビンソン」、「ルージュの伝言」などを弾き歌いした。

「Fのコードは、難しいですね」

「はい。難しいです。しかし、それは、何とかなります。F#みたいにスライドしたら、だめです」

「たとえば、どんな歌ですか」

「私は一人連絡船に乗り、みたいなCからF#に移行するやつ。どうやってごまかそうか、考えてます」

 その人は、「DISCO FLiIGT」凛として時雨、「フロントメモリー神聖かまってちゃん、「LOVE、ずっきゅん」相対性理論、「愛を知るまでは」あいみょん、「sign」鬼塚ちひろ、「透明人間」東京事変、「私とワルツを」鬼塚ちひろ、「大人の掟」Donut hole、「明日への扉」山田由依、「蹴っ飛ばせ」宇多田ヒカル、などを歌ってくれましたが、あいみょんと山田由依さん以外は、ほとんど、初めて聞くものだった。

 私は、「グッバイ宣言」、「キュートなカノジョ」shudo、「フォニイ」、「白日」Kinggnu、など、若年層が知っていそうなものを歌った。

 

熟年女が選ぶ平成の名曲30、母の日にガーベラ

 今年の母の日は、母的友人にワインとガーベラを買って訪問しました。黄色というか、オレンジみたいな色のほうが、明るい彼女に似合う気がした。

 昭和、平成の時代、父が生きていたころ、彼の誕生日や父の日は、いつも、フランスワインをプレゼントしていた。父は「プレゼントをくれるのはお前だけだよ」といつも、言っていて、それは愛の言葉に似ていた。ダイエーのワインの棚の前で、そんな昔のことを思い出していたが、

 

 ある人が、ブログに、「20代のミュージシャンが選ぶ平成の名曲30選」を挙げており、それは、私のような熟年が選ぶのとは、少し違っていた。私の場合、平成を代表するアーティストはスピッツです。父を思い出したついでに、平成を総括します。

 58歳の熟年女が選ぶ平成の名曲30

 

1 ロビンソン  スピッツ

2 CROSS ROAD Mr.Children

3 SAKURA いきものがかり

4 とうきょう 平川地一丁目

5 青いベンチ サスケ

6 青いイナズマ 林田健司

7 ズルい女 シャ乱Q

8 サマーナイトタウン モーニング娘。

9 友達の詩 中村中

10 ガッツだぜ ウルフルズ

11 again YUI

12 AUTOMATIC 宇多田ヒカル

13 本能 椎名林檎

14 winter again  GLAY

15 RPG    SEKAI NO OWARI

16 なぜ、、  Hysteric Blue

17 HONEY  L'Arc~en~Ciel

18 MUGEN ポルノグラフィティ

19 ガラナ スキマスイッチ

20 M  浜崎あゆみ

21 Loves Again EXILE

22 hello、again  My Little Lover

23 Knockin.on your door L⇔R

24 Love、涙色 松浦亜弥

25 chase the chance    安室奈美恵

26 熱くなれ 大黒摩季

27 粉雪 レミオロメン

28 WHITE LOVE   SPEED

29 Secret night WANDS

30 can't stop follin. Iove   globe

 平成のJポップは、小室サウンドで始まり、ボカロで終わった気がしますが、ボカロは入れませんでした。

 私は、子供のころ、テレビを見させてもらえず、学校でも話題がなく孤立し、1986年くらいまでは仕事も不安定で、昭和は最後の数年以外は、あまり楽しくなかった。ドラえもんサザエさんをリアルで見られず、初めて覚えたアニソンは1987年の「get wild」、

 それと比べて、平成は、経済的に多少自由で遊べたし、楽しかった。こうしてみると、平成も30年あり、長かった。平成の大事件、エピソードは

1 携帯電話(スマホ)を持った

2 パソコンで世界が広がる

3 東日本大震災

4 結婚した

5 経済的に少し余裕ができ遊んだ

6 東京、大阪に住んだ

かなあ。

 触れることなく過ぎ去ったものは

1 ポケベル

2 MD

3 8センチCD

でした。

 

 

赤羽で「藤井香愛」さんのリリースイベントライブ

 赤羽の美声堂にて、歌謡曲歌手の「藤井香愛」さんのリリースイベントがありました。及川眠子先生作詞の「一夜桃色」のキャンペーンで、赤羽に登場です。

 藤井さんは、DAMカラオケのガイドボーカルを勤めたことがあり、歌は上手くて正確、表現力もあり、コロナで活動できなかった期間、ボイトレをしただけあり、素晴らしい歌唱力でした。

 藤井さんは、「美声堂さんに来るのは3年ぶりです。(コロナで会えなかったから)皆さんに会えて嬉しい」と挨拶をしましたが、私たちも、また、世間が少しずつ活動できて、嬉しかった。

 「一夜桃色」、桂銀淑氏の「雀の涙」、「その気もないくせに」「名残の恋」などを熱唱し、本当に美しい歌声だった。

 私たちは、赤羽まで歩き、途中の浮間舟渡のベルクスで、298円のカツ丼弁当を食べてから、ここに来たのでした。ベルクスは、以前は、(コロナのため)イートインのスペースを閉鎖していたが、ここへ来て、一部、またイートインのスペースを作っていました。

 まだ様子見ですが、活動できて、本当に嬉しいです。

 

六本木ヒルズで「Kroi」ライブ、巣鴨で味噌餡の柏餅

 本日、 六本木ヒルズアリーナにて、TOKYO M.A.P.S Yaffle EDITIONというイベントに参加し、「Kroi」というジャズ?ラップ?フュージョン?のライブを聴いてきました。今回は、この人たちの他にも出演者がいて、どれも良かったが、特にこの人たちの演奏をYouTubeで聴いて「ただ者ではない」と思った。

 観覧は無料だが、入場整理券をもらうために、朝の8時に六本木ヒルズに行くと、すでに長蛇の列。9時になると列が動いて、お目当てのアーティストの券をゲットした。

TOKYO M.A.P.Sのイベントは、昨年と一昨年はコロナのため中止となり、有観客で開催されるのは3年ぶりとあり、若者たちがたくさん集まっていました。

 ライブが始まるまで時間があるので、六本木ヒルズの毛利庭園のベンチに座り、弁当を食べた。池の水に新緑が映えて美しかった。

 ライブは、ステージ真ん前の席だった。曲目は、Small World 、Balmy Life、Juden 、

帰路 、侵攻 、 Pixie、 Fire Brainの七曲ありましたが、私は、「帰路」がいちばんしっくりきた。

  帰りは巣鴨の四の市を見て、茂蔵で、味噌餡の柏餅を買った。容器に「葉は食べられません」と書いてあり、野良猫はがっかりしていた。巣鴨は歩き慣れており、精神的に落ち着きました。

 


#tokyomaps

#Kroi

巣鴨のときわ食堂で魚定食、カラオケで演歌歌いまくり

 母的友人、野良猫と一緒に巣鴨に行って、ときわ食堂で魚を食べてから、カラオケまねきねこで、(歌い慣れない)演歌を歌いました。

 ときわ食堂は、とても混んでいた。母的友人は「かます」、野良猫は「あじフライ」私は「あこうだいの粕漬け」を頼んだ。コロナの緊急事態が解除された連休で、みんな、マスクしながらも開放的な雰囲気だった。

 巣鴨のカラオケまねきねこでは、採点カラオケに挑み、母的友人が、水森かおりの「鳥取砂丘」「安芸の宮島」などのご当地ソングを歌い、90点近く叩き出す。

「最近の歌はさっぱり分からないわ。あいみょん?それはグループなの?」と言うので、核融合炉にとびこむのは中止し、「東京砂漠」「津軽海峡冬景色」「おもいで酒」など、知っている演歌を思い出しながら歌った。演歌のレパートリーはあまりないので、すぐ、底をついた。

 演歌は、すぎもとまさとの「吾亦紅」、細川たかしの「望郷じょんがら」が、いちばん好き。

 4時間ほど、歌いまくり、お開きとなりました。

館林のつつじ、美少女に憧れる小説の田山花袋、おいしいうどん、田中正造など

 館林市のつつじまつりに行きました。去年、一昨年はコロナによる緊急事態で、県をまたいだ移動ができなかったが、今年のゴールデンウィークは、久しぶりに移動ができるため、つつじ園はにぎやかだった。 ここは、江戸時代は、館林城のつつじ庭園だったそうで、つつじの古木は、とても大きかった。つつじってこんなに大きくなるんだ、と感心した。お琴の演奏もあり、格調高い、江戸情緒を感じました。

 ボランティアの人が、写真撮影をしてくれた。今どき、写真を撮ってもらうのも気を使うので、こういうサービスは有り難かったです。

 館林城の跡地は、市役所になっており、その近くに、田山花袋記念文学館や、向井千秋記念子ども博物館があった。向井千秋は、日本初の女性宇宙飛行士だそうで、プラネタリウムもあるそうですが、田山花袋の生家を見てきました。この人は、明治のはじめの自然主義の作家で、館林の武士の出身ですが、「少女病」という短編小説を書いた人です。これは、妻子ある37歳の男性が、電車で見かけた美少女の女学生を見つめて憧れたあげく、満員電車から墜落して轢死する、という内容です。

 野良猫は、「何それ。変な話し」と言ったが、私は、乗客の内面より、明治の山手線は、乗客の墜落があるほど、安全性がないのか、そっちが気になりました。田山花袋の生家は、普通の古民家という感じだった。

 館林は、うどんが名物ということで、「本丸」で、なまず天ぷら付きうどんを食べました。ボリュームあっておいしかった。

 そのあと、「田中正造記念館」に行った。田中正造は、足尾銅山の公害により、河川が汚染されたことを訴え、明治の天皇に直訴し、自分の財産すべてを環境問題改善のために使い、亡くなった時には、聖書と石ころしか、持たなかったといいます。なんと、崇高な人なのだろう、と思った。

 館林は、昔は花街があって、芸者さんたちを取りまとめる見番の建物が残っていました。今は使われていないのだろうか。

 駅前には、分福茶釜のタヌキ像や、かつて巨人軍が練習した分福球場についての石碑があった。戦前の巨人軍が、館林で活動していたとは、知りませんでした。もしかしたら、芸者さんたちも、応援したかな?

 美しいつつじ、美少女に憧れて轢死する中年男性の物語、おいしいうどん、女性宇宙飛行士、私財をなげうって天皇に直訴した崇高な環境問題活動家、戦前の芸者さんたちや、巨人軍の人たち、さらに、分福茶釜のタヌキなど、さまざまな世界が、館林に集まっておりました。