
米米CLUBのサポートメンバーだったキーボード奏者のジュリアーノ勝又(勝又隆一)さんの訃報を聞きました。(写真はネットニュースより)
昨年の5月の記事にも書きましたが、池袋ジャズフェスティバルに、「米来CLUB」という、米米CLUBのトリビュートバンドに、ひときわ、キーボードが上手な男性がいた。音色がきらめくようで、「あの人のキーボードの音色は美しいね、誰かしら」と言い合っていました。
すると、米米CLUBのサポートメンバーの人だと紹介され、「やっぱりね」と納得しあった。
あの時は元気そうだったのに。見るからに、優しそうな紳士的な雰囲気の人だった。ネットを拝見すると、可能な限り音楽を楽しみ、愛して生きた方にお見受けいたしました。
ネットニュースに載った写真には、奥にキーボードとパソコンが置かれたデスクには、「いいちこ」という焼酎の容器や、珈琲らしき紙パックのドリンク、シャンパンらしき瓶が並び、タブレットやヘッドフォン、何かのリモコン、選挙事務所からの通知らしいハガキ、も見えて、その前に柔和な表情で座る紳士が見えます。
今日は、歌屋というカラオケボックスで、「22才の別れ」と「雨とペトラ」の動画を作成した。
フォーク酒場みたいな場所で、オープンマイクに参加したいと思った。上手い人ばかりだろうから、一度だけ参加して、思い出作りをしたかった。運が良ければ、いろいろ語り合える友だちが作れるかも知れない。
「22才の別れ」は、高校で習ったので、私が歌える数少ないレパートリーの1つだった。
17歳から22歳まで交際した彼氏を捨てて、別の人と結婚なんて、ずるい人だと思った。「目の前にあった幸せ」ではなく、「目の前にあった経済的安定」にすがりついたんだろう、と、当時高校生だった私は思った。愛なんか無いくせに。本当に好きなら、苦労しても一緒になるだろう。捨てられた彼氏、可哀想。こんなずるい女の人と結婚する男の人も、可哀想。
今でも、そう思っている。若かったあの頃、何も怖くなかった。貧乏も怖くない。今の私は、エレアコ女子の優しさも怖くないが、あの人を失うことだけは怖かった。